前書き
自分は時々散歩に行きますが、そのコースに「パチンコ屋」があります。「パチンコ屋」も誘惑の一つでもあります。
そこで『クリスチャンが「パチンコ屋」に行く事が、何でおかしいのか』考えてみます。
使徒パウロの警告の言葉の数々
そこで思い出すのが、使徒パウロの「あなたがたは知らないのか」という警告の言葉の数々です。
その1
それとも、あなたがたは知らないのか。キリスト・イエスにあずかるバプテスマを受けたわたしたちは、彼の死にあずかるバプテスマを受けたのである。引用:聖書ローマ 6章3節
上記には、次の様な言葉が続きます。
このように、あなたがた自身も、罪に対して死んだ者であり、キリスト・イエスにあって神に生きている者であることを、認むべきである。
だから、あなたがたの死ぬべきからだを罪の支配にゆだねて、その情欲に従わせることをせず、
また、あなたがたの肢体を不義の武器として罪にささげてはならない。むしろ、死人の中から生かされた者として、自分自身を神にささげ、自分の肢体を義の武器として神にささげるがよい。引用:聖書ローマ 6章11~13節
その2
あなたがたは知らないのか。あなたがた自身が、だれかの僕になって服従するなら、あなたがたは自分の服従するその者の僕であって、死に至る罪の僕ともなり、あるいは、義にいたる従順の僕ともなるのである。
引用:聖書ローマ 6章16節
その3
あなたがたは自分のからだがキリストの肢体であることを、知らないのか。それだのに、キリストの肢体を取って遊女の肢体としてよいのか。断じていけない。
それとも、遊女につく者はそれと一つのからだになることを、知らないのか。「ふたりの者は一体となるべきである」とあるからである。
しかし主につく者は、主と一つの霊になるのである。
不品行を避けなさい。人の犯すすべての罪は、からだの外にある。しかし不品行をする者は、自分のからだに対して罪を犯すのである。
あなたがたは知らないのか。自分のからだは、神から受けて自分の内に宿っている聖霊の宮であって、あなたがたは、もはや自分自身のものではないのである。
あなたがたは、代価を払って買いとられたのだ。それだから、自分のからだをもって、神の栄光をあらわしなさい。引用:聖書 Ⅰコリント6章15~20節
まとめ
パウロはクリスチャンの事をこのように言っている。
- キリスト・イエスにあずかるバプテスマを受けたわたしたちは、彼の死にあずかるバプテスマを受けた。
- 罪に対して死んだ者であり、キリスト・イエスにあって神に生きている者。
- あなたがたのからだはキリストのからだの一部。
- あなたがたのからだは、もはや自分自身のものではない。
- 自分のからだをもって、神の栄光をあらわしなさい。


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