チャールズ・ダーウィン について学んでみました

ダーウィン ダーウィン

前書き

 キリスト教の敵は色々あるが、進化論を提唱した「チャールズ・ダーウィン」もその内の一人だと思う。サタンがダーウィンを利用したのか? 

そこで、ダーウィンがどのような生涯をたどってきたかを見て、背後にある事柄を探ってみたいと思う。

簡単な経歴

 正式な名前は、Charles Robert Darwin (チャールズ・ロバート・ダーウィン)
誕生はイングランド・シュロップシャー州シュルーズベリー。
1809年2月12日 – 1882年4月19日 73才の生涯

6人兄弟の5番目(次男)として裕福な医師の家庭に生まれた。母は8才の時死亡した。
父方の家系と母方の家系共、ユニテリアン教会の信徒であった。ユニテリアン教会は正統派の教会からは異端の教会として扱われている、ここに第1の躓きが考えられる

しかし父は子供達に英国国教会で洗礼を受けさせた。しかし子供たちはユニテリアン教会に通っていた。
幼少時期は博物学に興味をもっていた。

  • 1825年(16才)の時、エディンバラ大学で医学と植物学を学ぶ。しかし大学になじめず1827年に中退した。
  • 1827年(18才)父はダーウィンを牧師にする為に、にケンブリッジ大学に入学させ、神学や古典、数学を学ばさせた。しかし博物学や昆虫採集に傾倒し、神学は熱心に学ばなかったようです。
  • 1831年(22才)にケンブリッジ大学を卒業した。
  • 1831年末(22才)、大学を卒業後、恩師ヘンズローの紹介で、にイギリス海軍の測量船、ビーグル号に乗船することになり。世界各地を回った、この時ガラパゴス諸島ににも行った、5年後の1836年10月(27才)に帰航した。
  • 1837年3月(28才)、仕事をしやすいロンドンに移住し、科学者や学者の輪に加わった。
  • 1839年1月(30才)、エマ ウエッジウッドと結婚した。
  • 1848年には父ロバートが没した、(ダーウィン 39才)。
  • 1859年11月 (50才)、『種の起源』出版。
  • 1882年4月19日(73才)死亡。

「ユニテリアン」神学とは

 ダーウィンの家系が信じていた、ユニテリアンの神学とはいかなるものか、正統派のキリスト教からは異端として扱われる。

ユニテリアンの神学の元祖は「ソッツィーニ派」だそうです。

  • 三位一体の教理を否定し、神の唯一性を強調する。
  • イエス・キリストを宗教指導者として認め、神性を認めていない。
  • 人間の原罪を否定。
  • イエス・キリストの贖罪を否定。
  • 地獄の否定。

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